経済

ASMLの上方修正はAI需要の「物証」か――工場投資からメモリ株へ届くまで

議論参加:アオイ (半導体株の企業分析担当) / ケンゴ (半導体技術を扱う記者) / ミナ (半導体工場の設備投資計画経験者) / ケイ (メモリ市場アナリスト) / レオン (半導体装置サプライチェーン研究者) / ナディア (技術輸出規制・地政学の研究者) / リョウコ (長期目線の個人投資家) / テツオ (財務情報の検証担当)

2026年7月15日、オランダの半導体製造装置大手ASMLが、市場の想定を超える決算を発表した。4〜6月期の売上高は93.3億ユーロ、純利益は29.2億ユーロ。さらに2026年通期の売上見通しを、従来の360億〜400億ユーロから430億〜450億ユーロへ大幅に引き上げた。

発表直後、アムステルダム市場のASML株は一時5.7%上昇した。だが投資家にとって本当に重要なのは、1日の値動きではない。AIへの期待が、データセンターの計画を越えて、何年も使う巨大な半導体工場の装置発注にまで届いたのかという点である。

結論を先に言えば、今回のASML決算は、AI需要が物理的な工場投資へ移った強い「物証」である。

ただし、ASMLの好調はメモリ株すべての将来利益を保証しない。DRAM/HBMには比較的近い追い風だが、NANDには価格、在庫、供給規律という別の関門がある。

この記事は特定銘柄の売買を勧めるものではない。

1年前の「成長を確認できない」から、供給能力の増強へ

変化の大きさは、1年前と比べると分かりやすい。ASMLは2025年7月、AIを長期成長の中心としながらも、2026年の成長をまだ確認できないと説明していた。ところが今回は、売上見通しを引き上げるだけでなく、装置の供給能力を具体的に増やす段階へ進んだ。

ASMLの開示2025年4〜6月期2026年4〜6月期・新見通し何が変わったか
四半期売上高76.9億ユーロ93.3億ユーロ約21%増
四半期純利益22.9億ユーロ29.2億ユーロ約28%増
2026年への見方成長をまだ確認できない通期売上430億〜450億ユーロ不確実性から大幅上方修正へ
次の供給能力明確な増強計画なし2027年の低NA EUV・液浸DUV能力を、2026年比で各30%増やす計画需要の観測から設備対応へ

数値はASMLの2025年・2026年第2四半期発表に基づく。増加率は編集部計算。

ASMLは、2026年に年65台程度の能力を持つ低NA EUVについて、2027年は30%増を計画し、2028年にもさらに30%増やせるか検討する。液浸DUVも、2026年の年130台程度から2027年に30%増やし、2028年の追加増強を検討するという。会社は「AI関連投資とAI技術の進歩が、先端ロジックとメモリの需要を押し上げている」と説明した。ASMLの2026年第2四半期発表

ここでいうEUVは、極端紫外線という非常に短い波長の光で、微細な回路をシリコンウエハーへ描く露光装置である。DUVはそれより長い波長の深紫外線を使う。EUVは最先端ロジックだけでなく先端DRAMの一部工程でも使われ、DUVは先端から成熟プロセスまで広い工程を支える。High-NA EUVは、さらに細かな回路を描く次世代型だ。

装置の注文からAIサービスまでは、長い

討議で最も意見が一致したのは、「受注」と「最終需要」を同じ日に置いてはいけないという点だった。露光装置は届けばすぐ売上を生む自動販売機ではない。建屋、電力、他の製造装置、技術者、材料、工程の調整がそろい、歩留まりが上がって初めてチップになる。

ASMLへ装置を発注

装置の製造・出荷

工場への搬入・据え付け・工程認定

ウエハー生産と歩留まり改善

切断・実装・検査(HBMなら積層も必要)

GPU・サーバー・ストレージへ搭載

AIサービスの売上・利益

  上流の強さ                         最終需要の採算
  今回確認できた                     まだ確認が必要

図はASMLの装置販売と一般的な半導体製造工程を基にした編集部の整理。製品・工場によって期間や工程は異なる。

ミナ(半導体工場の設備投資計画経験者)は、装置が届いても、他工程の装置や人員が不足すれば工場全体の生産能力にはならないと指摘した。レオン(半導体装置サプライチェーン研究者)も、ASML自身の増産だけでなく、光学部品、光源、設置・保守人員まで同時に増やせるかが実行上の制約になると論じた。

つまり今回の決算が証明したのは、顧客が将来のAI需要を信じ、取り消しにくい工場投資へ資金を動かしていることである。2027年や2028年に出来上がる半導体が、利益を伴って使い切られることまで証明したわけではない。

一番近いのは先端ロジック、次がDRAM/HBM

ASMLの装置は半導体産業の上流にあるため、決算は多くの企業へつながる。しかし距離は同じではない。

領域・企業例ASML好決算からの距離今回わかることまだ別に確認すること
ASML直接装置需要と顧客の長期的な投資意思が強い能力増強を納期・粗利益率を守って実行できるか
先端ロジック
TSMC、Samsung、Intelなど
近いAI計算用チップの製造能力拡大が進む顧客別の注文、歩留まり、AIチップの採算
DRAM / HBM
Micron、SK hynixなど
比較的近いAIサーバー向けメモリ投資と整合するHBMの認定、積層・実装能力、契約価格、競争
NAND / SSD
キオクシア、SanDiskなど
間接的AIデータセンターの記憶容量増加という追い風はあるNAND価格、在庫、ビット供給、企業向けSSDの構成
AIサービス遠い供給側が大きな需要を想定しているサービス売上が設備・電力コストを上回るか

表は各社開示と討議を基にした編集部の整理であり、株価の上昇余地を順位付けしたものではない。

HBM(広帯域メモリ)とは、複数のDRAMチップを積み重ね、AI計算用プロセッサへ大量のデータを高速に渡すメモリである。先端DRAMの製造にはEUVを含む微細化技術が使われる一方、HBMの完成には積層、接続、検査といった露光装置だけでは解決できない工程もある。

Micronは6月24日の決算で、HBM4の量産出荷と、2027年のHBM4E量産計画を公表した。Micronの2026年度第3四半期発表 SK hynixも1〜3月期について、HBM、高容量サーバーDRAM、企業向けSSDの販売拡大が業績を支えたと説明している。SK hynixの2026年第1四半期発表

ケイ(メモリ市場アナリスト)は、ASMLの能力増強をMicronやSK hynixの利益へ直結させるには、露光装置だけでなく、HBMの積層・実装能力と顧客認定を確認する必要があると整理した。ケンゴ(半導体技術を扱う記者)は、EUVを「ロジック専用」、DUVを「メモリ専用」と分ける理解は誤りで、製品ごとの工程と世代を見るべきだと補足した。

キオクシアとSanDiskには、別の問いがある

キオクシアとSanDiskの中心は、データを長く保存するNANDフラッシュメモリとSSDである。NANDもAIデータセンターに不可欠だ。学習データ、モデル、推論結果を保存する容量が増えれば、企業向けSSDの需要は増える。

実際、SanDiskは4月30日の決算で、データセンター売上が前四半期比233%増えたと公表し、価格上昇と高付加価値顧客への構成変化を説明した。SanDiskの2026年度第3四半期発表 キオクシアも、主力収益がスマートフォン、PC、企業サーバー、データセンター向けのフラッシュメモリとSSDであると説明している。キオクシアの事業概要

しかし、ここには落とし穴がある。HBMはAI計算性能の制約として注目されやすいが、NANDは汎用品の比重が大きく、供給量が需要を上回ると価格が急落しやすい。ASMLのDUV能力増強は、NAND工場の投資環境にも関係する一方、装置が増えるほど将来の供給過剰リスクも増えうる

NAND株に強気でいられる条件期待を崩す条件
企業向けSSDの数量と構成比が伸びるAI以外のPC・スマホ需要が弱い
長期契約や供給規律で価格が保たれる各社が同時に増産し、ビット供給が需要を超える
新世代NANDへの移行で原価が下がる歩留まり悪化や投資負担が原価低下を打ち消す
在庫が健全な水準に保たれる顧客・メーカー在庫が積み上がる

アオイ(半導体株の企業分析担当)は、ASMLを「AI投資全体の温度計」として使えても、個々のメモリ企業を測る体温計にはならないと論じた。リョウコ(長期目線の個人投資家)は、キオクシアやSanDiskについては、ASMLの受注より企業向けSSDの比率、NAND価格、在庫、設備投資の節度を優先して確認すべきだと結論づけた。

強気材料の中に、次の下落要因が埋まっている

ASMLの決算を弱気に読むのは難しい。会社の売上見通しは大きく上がり、顧客は供給能力の拡大を求めている。それでも、半導体産業では好況期の増産が次の不況をつくる。

AI需要が強い

顧客が装置を多く発注

工場の生産能力が増える

需要がさらに伸びる ──→ 高稼働・価格維持(強気シナリオ)
   ↓伸びが鈍る
在庫増・値下がり・投資削減(弱気シナリオ)

図は討議を基にした半導体サイクルの編集部整理。

ナディア(技術輸出規制・地政学の研究者)が重視したのは中国だ。ASMLのCFOは、2026年の中国向け売上が全体の約20%になるとの見方を改めて示した。比率は過去数年より下がるが、全社売上の増加によって金額は増える見込みだ。一方、ASMLはEUVと最上位のDUVを中国へ販売できず、米国議会では追加規制の提案もある。Euronext掲載のReuters報道

テツオ(財務情報の検証担当)は、討議中に挙がった未確認の受注増加率、顧客別注文、規制回避目的の購入といった主張を、裏付けがないとして記事から除外した。確認できるのは、中国需要が現在も大きいことと、販売できる装置の範囲が政策で変わりうることまでである。

投資家が次に見るべき5つの信号

今回の決算で「AI需要は本物か」という問いは、一段進んだ。次は、その投資が供給過剰を起こさず利益へ変わるかを追う。

  1. ASMLの能力増強と粗利益率:装置を増やしながら、納期と2026年見通しの粗利益率54〜56%を守れるか。
  2. 顧客の設備投資と量産時期:TSMC、Samsung、Intel、Micron、SK hynixの投資が、いつ量産能力へ変わるか。
  3. HBMの認定と実装能力:DRAMウエハーだけでなく、積層・接続・検査が顧客需要に追いつくか。
  4. NANDの価格・在庫・供給量:キオクシアとSanDiskを見るなら、データセンター売上だけでなく、供給規律と在庫を追う。
  5. 中国売上と輸出規制:約20%という売上比率が維持されるか、販売可能なDUVの範囲が変わらないか。

結論:AIは工場を動かした。だが、株価の答えは製品ごとに違う

ASMLの大幅な上方修正は、AI半導体需要をめぐる議論に、それまでより硬い根拠を加えた。顧客は将来需要を口で語るだけでなく、供給能力を増やすようASMLへ求めている。AI投資は、半導体工場という現実の資産へ移った。

それでも、「ASMLが強いから半導体株もメモリ株も強い」という結論にはならない。先端ロジックは最も近く、DRAM/HBMは露光に加えて積層・認定を通る。NANDはAI向けストレージ需要の恩恵を受けても、供給規律を失えば価格が崩れる。

討議がたどり着いた結論は、ASMLをAI投資の入口として読み、各企業の出口を別々に確認することだった。

ASMLが示したのは、AI需要が工場を動かしたこと。

次に問うべきは、その工場から出るチップを、誰が、いつ、利益の出る価格で買うのかである。

参加者と、各自が持ち込んだ問い

参加者役割討議で検討した問い
アオイ半導体株の企業分析担当ASMLの好調を、個別メモリ株へどこまで結び付けられるか
ケンゴ半導体技術を扱う記者EUV・DUVを製品と工程に沿ってどう区別するか
ミナ半導体工場の設備投資計画経験者装置の発注から量産まで、どこに時間差があるか
ケイメモリ市場アナリストDRAM/HBMとNANDで波及経路はどう違うか
レオン半導体装置サプライチェーン研究者部材・人員・保守が増産の制約にならないか
ナディア技術輸出規制・地政学の研究者中国需要と輸出規制をどう分けて読むか
リョウコ長期目線の個人投資家短期の株価反応と長期の利益をどう切り分けるか
テツオ財務情報の検証担当会社見通し、確認済み事実、仮説をどう区別するか

出典を読むときのポイント

キーワード:#ASML#EUV#DUV#Micron#SK hynix#キオクシア#SanDisk#HBM#NAND

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